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1192作ろう鎌倉幕府…ではなく。。
こんにちは。今回は鎌倉幕府について触れていきたいと思います。
早速ですが、1192作ろう鎌倉幕府で有名な鎌倉幕府。今現代の教科書では1185年に変わっているのをご存知でしょうか。
鎌倉幕府という政治機構の存在は1185年、源頼朝の征夷大将軍就任が1192年で征夷大将軍がいて初めて幕府というものがある、と考えれば1192年の開始で大丈夫でしょうが、壇ノ浦の戦いがあった1185年には既に政治機構があったと考えられており、これを起こしています。今の時代ではいい国作ろう、ではなくなっているのですね。
社会ではこうしたことが数多くあります。私自身も選挙権は20歳以上の男女で習いましたが今は20歳以上なんか書いてしまうと✖になります。消費税も3%から5%、そして8%になっています。お札の肖像だって変わりました。
常識、というのは時代の流れとともにうつり変わってきます。次は何が変わるのか、2年後のオリンピックの後にどんな世の中になっているのか。想像もつきません。
さて、今回は鎌倉幕府にちなんで鎌倉右大臣の短歌を紹介します。鎌倉右大臣、わかりやすくいうと3代将軍源実朝のことです。彼は金槐和歌集という短歌集をのこしました。そして百人一首にも以下のような短歌を作っています。
世の中は 常にもがもな 渚こぐ
あまのおぶねの つなでかなしも
なぜ最初にこの話をしたかというと、彼はこの短歌で世の中が変わって欲しくない、船がただ引かれている様子を見てもの悲しく思っていると詠みました。
これだけの短歌を作った彼も残念ながら甥の公暁に暗殺されてしまいます。数え年28歳の若さでした。彼の後、源氏の将軍ではなくなってしまいます。1219年のことなのでほぼ800年前のことですが、この時もまた、世の中がまた大きく変わることになってしまうのです。
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