05月 14, 2018
天智天皇の話
こんにちは。
今回は天智天皇に触れていきたいと思います。
彼は626年生まれと言われており、645年の大化の改新を始めだした時は数え年20歳。彼は645年、母親で時の天皇であった皇極天皇の目の前で蘇我入鹿を暗殺するのである。この事件を乙巳の変といい、その後大化の改新が始まるのである。
ただ、そこまでの経緯があるにも関わらず、中大兄皇子(天智天皇)が即位したのはなんと乙巳の変があった15年以上経ってからのことであった。様々な説があり、こういった説を考えていくのも大変楽しいものである。
ちなみに教科書では中大兄皇子(なかのおおえのみこ、おうじ)で有名だが本名は葛城皇子である。
さて、彼の歌は百人一首の4番目にも記載されている。
秋の田の かりほのいほの とまをあらみ
わが衣手は 露にぬれつつ
屋根の苫が荒くてそこから露が落ちてきて袖が露で濡れてしまった。
という歌である。彼の周りには絶世の美女で有名な額田王がいますが額田王は弟の天武天皇の妃。さて、こうした恋愛のこじれというものは昔からあるものなのですね。